気仙沼伝説・・・『五駄鱈(ごんだら・ごだんたら)』&『姫子岩』

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 気仙沼伝説・・・『五駄鱈(ごんだら・ごだんたら)』&『姫子岩』






 葛西家家臣千葉正右衛門(彦右衛門?)の別館であったと言われている、

 大平館(おおひらだて)跡がある。



 正右衛門には、それは美しい一人娘の姫がいた。



 ある時、

 夕暮れになると姫のもとへ若殿風の美男が通って来るようになり、

 其の内姫と恋を語る仲となった。


 姫は慕いながらも冷たい肌の感触、素性を語ってくれないのに不満を抱き、

 乳母に話しをすると、

 乳母は手土産が常に魚であることに、魔性の物ではないかと怪しんだ・・・



 ある夜、男の袴の裾に針を刺すと、忽ち天候が急変、

 海は荒れ、男は姿を消して居なくなっており、

 翌朝、館から館下を流れる小川まで血筋がつづいており河口が血で染まっていたと言う・・・



 それから、暫くして気仙沼の松岩の海岸に針が刺さったままの死んだ大鱈が打ち上げられた・・・


 そう、若殿は鱈の化身であったのだ・・・


 鱈は、五駄の馬に付けて運んだほどの大きな鱈で、

 松岩の『五駄鱈(ごだんたら)』の地名の由来となっている・・・


 
 



 姫は思慕のあまり

 館の下の海中にある岩の見える岸で男を待ったが、

 遂には虚しく、川に身を投じてしまった・・・。

 
 
 姫が男を待ちこがれた岩を姫子岩と称し、
 
 また姫が入水した小川を想川と呼ぶようになったという・・・



 それ以来、


 毎年初鱈の大群が沖から姫子岩を目指してくるようになり、


 これを鱈の姫子岩参りという。




 また、他の伝説では・・・



 赤岩と松崎に跨っている地名で、地元ではゴンダラと呼ぶが、
 行政では、ゴダンタラと呼んでいるという。


 
 毎夜毎夜眉目秀麗の男性が、娘の下へ通って来ていた。
 しかし、冷たい肌をもつその人は名前も身分も不明だった。

 そこで母親と相談して、袴の裾に糸のついた縫い針刺して返した。
 翌朝、長い糸を辿って行くと、その家の下方の沼田で、
 大きな鱈となって死んでいたという。

 これを見た地元の人たちは、
 この鱈を五駄の馬につけて町へ売りに行った。

 しかし誰も買う人はいなかったという。
 鱈はしだいに腐り、それを近くの沢へ捨てたので、
 そこを鱈沢、五駄も大きな鱈だったので、
 五駄鱈というようになったという。


 
 

 追記




 気仙沼伝説を打っていると、

 物の怪の伝説も多いので「化身(けしん)」が「気仙(けせん)」

 に変化したんじゃないかな・・・

 と、思い始めている・・・